先日歩いてきた新宿区の『粋なまち’神楽坂'を満喫』コースの記録、後編でしゅ
前回は神楽坂駅を出発して、赤城神社→御殿坂→大久保通りのダブル五叉路→飯田橋ラムラとめぐり、神楽坂下交差点まで進みまちた
▽前編はこちらから!よろしくお願いしましゅ₍ᐢ.ˬ.ᐢ₎⟡
今回の記録は神楽坂通りからはじまりましゅ
- ▷今回のルート
- ▷あっちにもこっちにも!?神楽坂早朝坂道散歩!
- ▷狛犬じゃない・・・!神楽坂毘沙門天で人情に出会う!
- ▷一本道から知る!高台の住宅地に残る江戸の記憶!
- ▷大日本印刷のつくる街!?市ヶ谷で感じた企業力!
▷今回のルート
START 神楽坂駅1b出口→赤城神社→牛込見附跡→神楽坂通り→毘沙門天 全國寺→兵庫横丁→GOAL 飯田橋駅


▷あっちにもこっちにも!?神楽坂早朝坂道散歩!
神楽坂通り、時刻は6時15分
お店はほとんど閉まっていましゅがなかなか人が多い・・・!
前日から飲んでいたっぽい人も見かけまちた

ロイヤルホスト神楽坂店の角を曲がり、神楽坂と軽子坂を結ぶ神楽坂仲通りに入りましゅ
外堀通りへ下る軽子坂を写真におさめ、逆方向へ進むと三年坂にぶつかりましゅ
さすが武蔵野台地の縁、坂・坂・坂の連続でしゅ

坂の下は外堀通り

本多横丁は神楽坂で一番大きい横丁らしい!
左手、三年坂の坂上に向かって本多横丁を通って神楽坂通りに戻りまちた
ちなみに、三年坂を下ると筑土八幡町交差点の五叉路でしゅ
▷狛犬じゃない・・・!神楽坂毘沙門天で人情に出会う!
神楽坂をさらにのぼって行くと左手に神楽坂毘沙門天 善國寺がありましゅ

山門の写真を撮っていると、昔からこの辺りに住んでいるという地元のおばあさんが、 ”あれの写真も撮ったほうがいいわよ” と石虎の撮影をオススメしてくださいまちた
“犬じゃなくて虎なの
毘沙門さまの使いが虎だから”
とのこと!ありがたやありがたや₍ᐢ-ˬ-ᐢ₎♡

お礼を伝えて毘沙門天を出たところでもおじいさんに話しかけられたので、どうやら神楽坂毘沙門天の地元の人には気さくな人が多い様子!
毘門天を出たら真向かいの路地、兵庫横丁に入りましゅ
ここから軽子坂の通りまで雰囲気のある細い石畳の道が続いていましゅ


閑とした朝の兵庫横丁を堪能して、帰りは行きとは別の道、アパート脇の激狭路地を通って神楽坂通りへ復帰しまちた

▷一本道から知る!高台の住宅地に残る江戸の記憶!
このまま神楽坂通りを進んで行けばSTART地点の神楽坂駅でしゅが、大久保通りに出る一本手前で左手の地蔵坂へ
右に曲がりながら高低差10mをのぼりきると住宅街が広がっていましゅ

ゴミ収集日の朝でゴミが多かったのでモザイクしてみまちた
ついでに選挙ポスターにもモザイク
途中通りかかる北町・中町は、南町と合わせて元々御徒組(御家人のうち下級武士の徒士が集まったグループ)の大縄地(江戸幕府からお目見え以下の身分の家臣の組に与えられた屋敷地)だった場所
当時の敷地割りがそのまま残っていて、それぞれ互いに行き来できない長い一本道が牛込中央通りまでのびていましゅ

実は歩いているときは"立派な家が多いし、良い住宅街なんだろうなぁ"としか思っていなかったのでしゅが、新宿区発行の『新宿区景観形成ガイドライン(令和5年3月改定版)』箪笥地域>牛込台地エリアのページで
二十騎町・北町・中町・南町周辺
旧大縄地の街路と敷地割がそのまま残る
※大縄地(おおなわち):下級武士の住んでいた場所
これらのまちはかつて同じ間口 の下級武士の屋敷が並んでい た組屋敷地を基盤に持ってい ます。お互いに行き来できない 一本道が真っ直ぐに延びています。
の記述を発見!
そういえばとにかく真っ直ぐな道だったなぁと思って調べ始めてみたところ、調べるほどに増えていくよく知らない単語、江戸時代の概念たち
旗本、御家人、与力、同心、お目見え以下・・・
インターネットを駆使して調べ倒してやっと噛み砕けた気がしましゅ
歴史を知っていれば歩くときに見えるものが違ってくるんだろうなぁと思った次第でしゅ
▷大日本印刷のつくる街!?市ヶ谷で感じた企業力!
350mの長い長い一本道をずんずん進み、牛込中央通りを越えて区立牛込第三中学校の角を左へ
階段の脇に水が流れる(!!)高級賃貸マンション市ヶ谷神楽坂レジデンスに驚きながら歩いていくと視界が開け、目の前に下って上る坂=中根坂が現れましゅ
街の雰囲気もガラッと変わった感じ

この辺りは大日本印刷株式会社の街のようで、本社ビルや大日本ヘルスセンターの他、DNP市谷鷹匠町ビル、DNP左内町ビル、DNPキャリア相談室・・・と、DNPを冠する建物があちこちに建っていましゅ
大企業ってしゅごい

本社の周りには大日本印刷のつくった緑地、市谷の杜が広がっていて、地域固有の在来種だけを植えているそう
やるぅ⤴️
坂道を下って上った先は日本の平和と独立を守り、安全を保つ防衛省の裏
この辺りは今回歩いたエリアの中でも特に標高が高く(標高30m↑)、江戸時代から防衛の要とされており、市ヶ谷台と呼ばれているようでしゅ
朝7時を過ぎ、通勤・通学で人が増えてきまちた
防衛省の外周に沿って進み、滑り止めのOリング模様のついた急坂、左内坂で外堀通りへ一気に下りましゅ
結構な急坂で、途中の坂名標識によりかかって休んでるおじいさんも見かけまちた

外堀通りに出て、右手に見える市ヶ谷八幡町交差点に、
“昔はここに警視庁本部庁舎があると思い込んでたなぁ・・・”
と思いながら信号を渡り、外濠の向こう側、市ヶ谷駅前でGOALしまちた

よく見る警視庁本部庁舎の構図とそっくりだなぁ!ウンウン!
以上、長い記録になりまちたが最後まで読んでくださってありがとうございまちた₍ᐢ.ˬ.ᐢ₎💕